木鐸社

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『レヴァイアサン』60号 特集 憲法改革の制度選択論

ISBN978-4-8332-1176-5 2017年4月15日発行

〔特集の狙い〕憲法改革の制度選択論 (文責 増山 幹高)

 創刊30周年企画の第一弾として座談会を行った。具体的には,教育機関,政府機関の長として実務においても指導的な立場にある4名の国際的な政治学者を招き,「東アジアの国際関係-混迷する国内政治、翻弄される国際政治-」と題して,欧米の国民投票や大統領選挙に象徴される国内政治的な変化と日本を取り巻く国際政治的な変化について展望してもらった。
 第二弾が憲法改革特集である。日本で憲法というと,9条のことばかりが議論となり,憲法論争の大部分は戦争放棄や自衛隊,自衛権の解釈の問題として事実上処理されてきている。改正するかどうかだけに党派的な争いが終始し,権力の行使を規定・制限する政治制度として,いかなる憲法的な制度選択をするのかという問題が論争の中心に据えられることはない。本号では,日本国憲法施行70年であることからも,政治の根幹的な制度選択の問題として憲法改革を捉える特集とした。ただし,例えば,駒村・待鳥(2016)が法学的,政治学的な観点から包括的な分析をすでに提供しており,ここでは政治経済学的な観点からの憲法的な制度選択の理論的・政策的な帰結と,事例研究による憲法的な制度選択の実際と課題の解明に焦点を絞ることとする。
 具体的には,アメリカ合衆国の憲法制定過程に明らかなように,憲法的な制度選択の中心的な争点は権力の行使を集権的にするか,反集権的すなわち分権的にするかにある。それは立法権と行政権の関係をめぐる議院内閣制か大統領制かという体制選択はもちろんのこと,連邦制の問題としては邦州,上位では国際組織,下位では地方政府の間に生じ,また立法権については二院制や委員会制の問題,行政権については分担管理や省庁割拠の問題となる。さらに,政治権力から独立した権威・権限という意味においては,司法の独立性や通貨の番人としての中央銀行の独立性,ひいては王権や教権の独立性,憲法から文化,慣習,伝統までの広い意味での規範の独立性の問題となる。
 立憲的政治経済学は,例えば, Congleton(2011)が代議制民主主義の成立・発展を理論的,経験的に検証しているように,立憲段階の制度選択を公共選択論的に解釈するものであり,本号の岡崎論文も立憲主義の理論的帰結を明らかにし,財政に関する権限の委譲についてゲーム理論的解説を提示している。また,岡崎論文でも紹介されているが, Persson and Tabellini(2003)は政治制度が経済活動に及ぼす影響の代表的研究の一つであり,経済政策への政治的介入によって選挙と景気循環が連動するという「政治的景気循環」が先進国よりも民主的な選挙を経験し始めた新興国において強くみられるとする。本号の川崎論文は政府の経済予測が楽観的になる「上方バイアス」に着目し,日本の政府予測を検証したうえで,司法や金融の独立性の問題と同様,立法・行政関係の制度選択に「上方バイアス」が依存し,中立的な機関による経済予測が財政健全化に寄与することを指摘している。
 ただし,実際の憲法改革の試みを検証していくと,一筋縄では行かない現実的な課題も浮かび上がる。ロシアの憲法制定過程については,Andrews(2002)のように,多数決循環の生じた貴重な分析事例とするものもある。アメリカ合衆国建国の際と同様,ロシアの憲法制定過程における主たる争点も権力分立,連邦制のあり方であり,本号の溝口論文はロシアの四半世紀にわたる憲法改革の試みを跡づけ,野党による憲法改正発議が政治的な駆け引きに過ぎず,むしろ連邦制の中央集権化と統一ロシアによる一党優位化によって,大統領の任期延長が主たる争点となり,大統領発議の憲法改正が実現したことを明らかにしている。
 また,本号におけるイギリスとイタリアの二つの国民投票の事例研究は,憲法改革といった制度選択の理性的な争点化がいかに困難であるかを物語っている。一般的な有権者が政策的な判断をするに必要な情報や知識を適切に得ることは難しく,むしろ社会的な帰属意識や党派的な忠誠心によって投票行動が左右される傾向にあることは,Lupia(2016)やAchen and Bartels(2016)が明らかにするところである。アメリカ大統領選挙においてドナルド・トランプが劇的な勝利をおさめたように,ロシアのような新興の比較的に強権的な大統領制の国々だけでなく,近視眼的な国民の選択によって権力分立の憲法的原理をも蔑ろにしかねない大統領は誕生し得る。反グローバリズムと排外的ナショナリズムが勢力を伸ばしつつあることはヨーロッパにおいても然りであり,イギリスの国民投票ではEU離脱が選択され,イタリアの国民投票では実質的な一院制に変更するという憲法改正案が否決された。本号の中村論文,ベルツィケッリ論文ともに,反移民や反エスタブリッシュメントといった感情のうねりに晒されながら,国際的な国家連合や議会制度といった憲法的な制度選択を争点化することの難しさと可能性を論じている。

駒村圭吾・待鳥聡史.2016年.『「憲法改正」の比較政治学』弘文堂.
Achen, Christopher and Larry Bartels. 2016. Democracy for Realists: Why Elections Do Not Produce Responsive Government, Princeton University Press.
Andrews, Josephine. 2002. When Majorities Fail: The Russian Parliament, 1990-1993, Cambridge University Press.
Congleton, Roger. 2011. Perfecting Parliament: Constitutional Reform, Liberalism, and the Rise of Western Democracy, Cambridge University Press(横山彰・西川雅史監訳『議会の進化:立憲的民主政治の完成へ』勁草書房,2015年).
Lupia, Arthur. 2016. Uninformed: Why People Know So Little About Politics and What We Can Do About It, Oxford University Press.
Persson, Torsten and Guido Tabellini. 2003. The Economic Effects of Constitutions, The MIT Press.


目次
<座談会>
東アジアの国際関係:混迷する国内政治,翻弄される国際政治 司会:
飯田 敬輔
参加者:
北岡 伸一
国分 良成
白石 隆
田中 明彦
<特集論文>
立憲的経済学の可能性 岡崎 哲郎
政府予測の上方バイアスと財政赤字:政治的中立な独立財政機関の必要性 川崎 一泰
ロシアにおける1993 年憲法体制の成立と変容:憲法改正なき変容から憲法改正を伴う変容へ 溝口 修平
変容する未完の憲法:イギリスのEU加盟と脱退 中村 民雄
イタリアのレンツィ政権による憲法改革の試み:前提,目標,方法,教訓 ルカ・ベルツィケッリ
<翻訳>
アンドレア・プレセッロ
増山 幹高
<書評論文>
議会組織・政党組織研究の縦と横への広がり
 奥健太郎・河野康子編『自民党政治の源流―事前審査制の史的検証』, 2015年
 河崎健『ドイツの政党の政治エリート輩出機能 候補者擁立過程と議会・ 政府内昇進過程をめぐる考察』2015年
藤村 直史
「経済大国」日本の選択:対米協調、自主外交、多国間協調
 白鳥潤一郎『「経済大国」日本の外交 エネルギー資源外交の形成 1967-1974年』
 武田 悠『「経済大国」日本の対米協調-安保・経済・原子力をめぐる試行錯誤,1975-1981』
大村 啓喬
<書評>
21世紀における「国家」を問い直す
 遠藤貢著『崩壊国家と国際安全保障:ソマリアからみる新たな国家像の誕生』
評者=末近 浩太
「国内要因に着目した通商政策の事例研究」
 金ゼンマ著『日本の通商政策転換の政治経済学―FTA / TPPと国内政治』2015年
評者=上川 龍之進
明治国家研究の比較政治学的意義
 前田亮介著『全国政治の始動:帝国議会開設後の明治国家』
評者=川中 豪

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」60号

飯田 敬輔

 今回は座談会の司会という形で編集の一角を担った。当初設定していたテーマは東アジアの国際関係ということであったが、英国のEU離脱、トランプ政権誕生など国際政治情勢が混迷を増すなかで、特に東アジアには限らず縦横無尽に議論していただいた。今日の国際関係を概観するという意味では、非常に有益な議論が展開されたのではないかと思う。座談会を行った時点では、トランプ政権がどのような外交政策を展開するのか未知数であったが、就任式から数週間が経ち予想以上に破天荒な政権であることが明らかになった。今後の国際関係がどのようになるのかは、全く予想がつかなくなりつつあるが、米政権の暴走を止めることができるかは、国内の抑制均衡がどの程度機能するかにかかっているように思われる。

大西 裕

 朴槿恵大統領罷免が憲法裁判所によって決定された。大統領弾劾は、国会議員の3分の2以上の賛成がないとそもそも発議されない。つまり、弾劾は超党派的な賛成を必要とする。ところが、弾劾発議以降、左右両派の対立はむしろ激化している。2004年の盧武鉉大統領弾劾時も左右両派の対立が激しいままであったし、弾劾政局収束後も国民規模の政治的亀裂は修復されなかった。朴大統領は罷免されたが、亀裂修復となるであろうか。考えてみれば、イギリスやアメリカなど、深刻な政治的亀裂は先進国で目立つ現象となっている。特定の政治権力暴走を抑制し、妥協と寛容を促すはずの、政治制度のリベラルな部分が適切に機能していないのかもしれない。記述的にいえばそれはポピュリズムかもしれないが、分析的な視角が欲しいところである。

鹿毛 利枝子

 最近、共同研究者とともにインターネットサーヴェイを実施した。外国人労働者に対する意識を探るものだが、「親戚に外国人がいる」と答えた回答者が16%もいて驚いた。一瞬何かの間違いではないかと思ったが、ここ20年ほどの間、国際結婚が年間20-30組に一組程度の水準で推移してきていることを考えると、あながちおかしな数字ではないのかもしれないと思い直した。身内に外国人のいることで、外国や外国人に対する意識は変わるのか、変わらないのか、興味深い。

増山 幹高

 創刊30周年記念ということで二本立て企画とした.一つは座談会である.大学運営において何らかの形で部下として仕える立場を悪用し,忙しい方々に時間を割いて頂いた.座談会に参加頂いた諸先生方はもちろんのこと,至難の業の日程調整をして頂いた秘書の方々にも改めて御礼申し上げたい.もう一つは憲法改革特集である.座談会の通奏低音ともなった反グローバリズムと排外的ナショナリズムのうねり,国民の選択が国内外の政治情勢に翻弄される現実.憲法的な制度選択の理論と実際には越えがたい隔たりがある.

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