『選挙研究』第41巻2号
はじめに 日本選挙学会2025年度年報編集委員長 境家史郎
『選挙研究』第41巻第2号をお届けします。
今号では「2024年衆議院総選挙」を特集のテーマとし,依頼論文4本を収録しました。『選挙研究』では日本の国政選挙を題材に特集を組むことが定例化してきましたが,2024年衆院選は,10年以上にわたる自民党一党優位状況が崩れた画期的選挙として,とりわけ重要な研究対象であると言えましょう。
筆者は(やや我田引水的ですが)第二次安倍晋三政権期以来の日本の政治状況を「ネオ55年体制」と呼んできましたが(境家史郎『戦後日本政治史』中公新書,2023年),そうした安定的システムが同衆院選によって揺らいだのだとすると,それはいかなる意味においてか,そしてそれはなぜか,というのが日本政治論におけるクリティカルな論点となります。今号の収録論文は,この問題にいくつかの重要な示唆を与えてくれます。
まず巻頭論文である,梅田道生「2024年衆院選における自民党大敗の原因経済政策における『政権担当能力』イメージ独占の弱体化とオンライン選挙活動急伸による世代間の差の増幅―」は,有権者調査データの分析を通し,自民党が歴史的敗北に至った要因について検討しています。分析の結果,同論文は第一に,自民党は,経済政策を重視する現役世代から,「政権担当能力」を疑われるようになっていたことを明らかにしています。「ネオ55年体制」を成り立たせてきた条件のひとつと筆者が主張してきた「自民党による政権担当能力イメージの独占」が揺らいでいたということになります。
同論文は第二に,(衆院選のほか東京都知事選もあった)2024年が「オンラインでの選挙活動の急速な台頭」という面でも画期であった点を強調しています。すなわち,選挙におけるSNS利用の普及が,国民民主党,れいわ新選組,参政党といった新興勢力が伸びる前提を作ったという主張です。こうした選挙活動の技術革新は進む一方であり,不可逆的であろうことを考えると,今後,日本政治は基本的に不安定なものとなるのかもしれない仮に自民党が経済政策面での信頼を取り戻せたとしてもと読者に感じさせる議論です。
上神貴佳「2024年の自由民主党総裁選挙と衆議院議員総選挙-ネオ55年体制における自民党の「ノーマリゼーション」あるいは優位性ほころびのきざしについて-」もまた,別の角度から日本政治の流動化が構造的な現象であることを示唆しています。同論文では,1990年代の政治改革以来,顕著になった自民党派閥の弱体化に注目します。特に,政治資金をめぐるスキャンダルにより,旧安倍派の影響力が削がれた中で行われた2024年自民党総裁選では,議員の投票行動に派閥がそれほど影響せず,代わりに安全保障,ジェンダーなどをめぐる政策次元が重要であったことを明らかにしています。またその後の衆院選では,特に旧安倍派議員の再選率が低かったことから,「『派閥が議員を守る力」が衰えた」と主張されています。
以上のことが示すのは,自民党の「ノーマリゼーション」であるとの刺激的な議論を同論文は展開しています。すなわち自民党は,「包括政党としての特異な能力が失われ,普通の政党」になりつつある,というのです。このことは,自民党の組織原理の変化を意味するとともに,政党システムの面から見れば多党化を助長することになる,と同論文は主張します。派閥の弱まった自民党では「政策路線の純化」が進む。その結果,「包摂されなくなった利益が自民党外で新党の結成をもたらし,多党化を促進する」ことになる.というわけです。この議論が妥当であるとすると,二大政党ブロックによる政権交代可能な政党システム形成を狙って進められた政治改革は,意図せずまことに逆説的な結果を生んだということになるでしょう。そして,「自民党派閥弱体化による多党化」というメカニズムは現在の政治制度によってもたらされているという点で,構造的,持続的に存在するものと見なければならないことになります。
ところで,2024年衆院選はその後(翌年の東京都議選や参院選で)政界の台風の目となる参政党にとって,発展の足掛かりとなったという点においても,重要な意味を持つ選挙でした。急進右派勢力である参政党の台頭は,既成政党,特に自民党にとってどのようなインパクトを持つのかという点を分析したのが,淺野良成「参政党参入のインパクト-2024年衆院選と2025年参院選での検証-」になります。同論文の分析結果によると,参政党の参入は,(参入された選挙区の)自民党候補に外交・安保や憲法問題といったイデオロギー争点をより重視させる効果を及ぼしており,また,既成政党に不信感を持つ有権者ほど参政党に投票する傾向が認められました。
以上の知見は,2024年衆院選後の日本政治の展開について,大いに示唆に富むものです。2025年参院選では,「日本人ファースト」を掲げた参政党の存在により,「外国人問題」がクローズアップされ,既成政党でもこの争点への対応を余儀なくされました。そして同参院選は,参政党の大躍進と既成政党(自民党はもちろん立憲民主党,日本維新の会も)の不振に終わっています。参院選後に自民党総裁選が行われ,筋金入りの右派として知られてきた高市早苗が選出されたことも含め,参政党の台頭は日本政治に(淺野論文が示唆する方向で)多大な影響を及ぼしつつあると言えます。
このように急激に変化しつつあるように見える日本政治ですが,そういう折であるからこそ,長期的な国政選挙の変容の様を捉えるという落ち着いた視点もまた重要になってくるでしょう。松林哲也「誰が投票しているのか」はまさにそうした研究で,ここでは投票参加者の属性という観点から,1960年代以降2024年までの衆院選を体系的に分析しています。その主要な知見は,近年,「大都市圏に住む教育水準や収入水準の高い中高年有権者の投票参加が,他の属性集団と比べより活発になっている」というものです。この結果から著者は「持てるもの・力を持つものが選挙に積極的に参加し,政治的影響力が不平等に行使され,結果的にさらなる経済的・社会的不平等を生み出すかもしれない」と懸念を示します(この懸念は筆者も共有しています。蒲島郁夫・境家史郎「政治参加論」東京大学出版会,2020年)。このように選挙過程を通じて拡大されつつある社会的不平等と,昨今の政党システム変化にどのような関係があるのか,今後の研究の進展が期待されます。
総じてみれば,本特集に収録した4本の論文は,いずれも2024年衆院選を分析対象としながら,その前後を含めた日本政治の歴史的変化を考えるうえで示唆に富む,射程の広い研究になっています。いずれ「2025年参院選」も特集のテーマとされるでしょうが,そこで展開される議論にとって本特集の収録論文が重要な礎になることは疑いありません。編者として,4人の寄稿者に改めて感謝を申し上げます。
最後に,『選挙研究』への投稿および採択状況をお知らせいたします。2025年4月から9月までの間に6本の投稿があり,9月末時点で2本に掲載不可の判定が下され,残り4本が査読プロセスの途上にある状態です。残念ながら,今号においては査読通過論文を掲載することができませんでした。引き続き,会員からの積極的な投稿をお待ちしております。
